狙われた 学園祭?
                 〜789女子高生シリーズ

          *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
           789女子高生設定をお借りしました。
 


       




 「気を引きたいお人がやった嫌がらせとか。」
 「どこの小学生ですか。」

 何ともややこしい、随分と手の込んだことをされた絵画を抱え、彼女らがひとまずと退避した先は、一番近い、しかも今日は使ってないところということで…恐れ多くも大貴賓室だったりし。格式高く品のいい、その分、重々しくも立派なソファーセットが何組も居並ぶ広間の一角。出入り口近くの予備席用のスツールの溜まりに腰掛けて、問題の額縁入りの絵画を見やっての、さて。どう考えても嬉しい扱いじゃあない仕打ちに、最初こそ打ちのめされていたようだった平八も、絵は無事だと判ってホッとした…ものの。尋常ではないちょっかいを掛けられたには違いないと、今度はむむうと眉を寄せておいでであり。遅いめのお弁当をという気分にはとうていなれぬまま、三人共がこの奇妙な“判じ物”へと視線を落としている始末。結果としては“悪戯”だったということになるが、鮮血を思わせるほどに派手な赤をまみれさせるとは、あまりに度が過ぎはしないだろうか。これを描いたのが平八だということは、絵の下に名前を出していたので明らかにされていたし、外部のお人だったらば、どこの誰でも関係なかろうけれど、

 「…………。」
 「…………。」

 何とはなくの心当たりがあるにはあったりする平八と、それを知っている七郎次とが、微妙な沈黙を醸してしまう。日頃の学園生活の中では、それは朗らかで気さくなひなげしさんではあるが、つい先日、同じ美術部員の一部に対して大爆発をしたばかり。準備が遅れまくりになっていた原因ともなった、作品提出が間に合っていなかった顔触れを、部から除名としますとばっさり切った後だったので。もしかしたらば、それを憾みに思っての所業かもと、こそり思わないでもなかった二人であり。天真爛漫な生徒が多い女学園じゃああるけれど、全員が全員そこまでお揃いの気概をしているものでもなかろう。中には逆恨みをしやすい子もいるかもしれない。また、自分だって積極的に参加してる訳でもないくせにと、それどころか部長でもないくせにと、平八が下した処断を面白くはないとか不条理だとか、感じる子だっていたかも知れない。そんな子らが一番動機の強い候補としているということを、言うに言えないものの、だがだがと。持て余すようにしていたところが、

 「報復の遺恨ではない」

 すぱりとしたお言いようをしたのが、意外にも久蔵で。執事スタイルの仮装をさせられたおり、衣装担当のお嬢様に整えてもらったらしいオールバックの髪が、今は少しほど緩んで来たの。わしわしとそれは無造作にも、手櫛で掻き混ぜてのいつもの髪形へと戻しつつ、特に感慨は無さそうなお顔で言い放った彼女であり。

 「そ…。」
 「そういや、久蔵殿。どこへ行ってたんですか?」

 どこで落ち合うかを言い合わせぬうちから駆け出した平八だったの、一緒に追おうと、模擬店の店舗と化していた室内を見回したおり。既に彼女の姿もそこにはなくて。もうもうと呆れながらもとりあえずと、まずは平八を追った七郎次だったのだが、

 「美術室。」

 そう。久蔵がやって来たのは美術室のあるほうからで。恐らくは、飛び出してった平八がそこへ向かったと思ったのだろう。だがそこには、平八がいなかったその代わり、一年生らしい制服姿の部員が何人かいたらしく、

 「作品を、描いてた。」
 「え?」

 この学園祭のにぎやかさにも加わらずというのは妙なことと、きょとんとしていた久蔵へ気づくと、あわわと作品を隠しつつ、

 『義務をこなさずして奔放な自由はありえないのに、
  私たちそれを忘れておりました』

 どうやら、除名とまで言われたことへ反省しての制作だったらしく。こそりキャンバスに向かって静物画を描き進めている子たちがいたようで。ひなげし様にはどうか内緒にと、涙ぐんでる子もいたそうで。いい子だねと言う代わり、それぞれの頭をぽふぽふと撫でてやった久蔵だったとか。

 「それって、何人おりました?」
 「…………5人。」

 微妙に頭上の宙を見上げ、ぽふぽふとした仕草を思い出しつつ告げた彼女だったのへ。平八が胸元を押さえて吐息をついたのは該当者の全員だったからだろう。いい子たちでよかったねと、七郎次もまた微笑みかかったものの、

 「…でもじゃあ、これって誰が。」

 困った思惑を持っていそうという候補がいなくなったのは良かったが、確かにこの絵へ悪戯した存在はいるのだ。それが誰なのかはますます判らなくなったワケであり。

 「遺恨とは思えぬな。」
 「久蔵?」

 さっき一番に触って見せた久蔵が、あらためての同じような言いようを重ねたのは、

 「確かに平八は相当に驚いたかも知れんが、そも、手が込み過ぎている。」

 そんな手ごたえを感じていたから。額に収められてあった絵画へ、血まみれに見えるような赤い絵をつけた…しかもしっかり乾かしたラップを掛けるには、いったん壁から降ろして額から外し、くるりと巻いて元どおりにし壁へ戻すというだけの手間が要る。

 「そういや、そうですよね。」

 驚かしただけ、絵を傷つけるまではしちゃあいないよ、悪戯だったんだよんとするにしても。いつ誰が通るかもしれない場所で手掛けることじゃないでしょうし、ヘイさんより先に他の誰かが通りかかっていたら、そのまま大騒ぎになってたはず。

 「騒ぎにしたかったのかなぁ?」
 「でも、それにしたってここまでの手を掛けることでしょうか。」

 ヘイさんの前で何ですが、これって相手を限定しているようにしか思えません。騒ぎを起こしたいならもっと他に方法がありましょう。校庭で、そう、マリア像に同じように色つきラップを張るだけで、シスターが軒並み倒れるほどの大騒ぎになりましょうし、

 「〜〜〜〜。」
 「シチさんたら過激。」
 「あのね。」

 例えばですよと、いきなり非難するよな眼差しを向けられたのへ閉口しつつ。もう一つ、気になっていたのがと続けたのは、
「これって一番端っこに掛けてた絵でしょう?」
 じゃあ、発見されない確率の方が高いってことにもなりませんか? 
「現に、昼下がりの今まで誰にも見つからずにあった。」
 まあ、仕掛けたのがついさっきだったのかもですが、それならそれで、晩のうちに忍び込んでという手筈じゃなかったって事になる。

 「相手を限定って。それじゃあやっぱり私への恨みとか?」
 「恨みとは限りません。」

 この絵を見つけて、私たちどうしました? 他の人の目に触れさせちゃあいけないと、大急ぎで外しましたよね? 他の人が見つけていても、まま騒ぎにはなったかもですが、そんな中でも外されるのは同じ。

 「飾っててほしくなかった?」
 「……失礼な。」

 平八より先に久蔵が むうと怒ってしまったのが何だか子供っぽくて。ひなげしさん本人までもが苦笑をし、だが、それで冷静さを取り戻せもしたようで。

 「この絵って、そんなに誰かを困らせるような絵なんでしょうかね。」

 両腕開いての支えるようにして、目の高さへまで持ち上げてみる。写実的にくっきりとした描きようではないけれど、それでも…夏の盛りの瑞々しくも色濃い緑や、その向こうに広がる睡蓮の葉を浮かべた藍色の池、その向こうに遠くなってのますますと輪郭は曖昧な、色彩のみの大通りの街並みがなかなかの躍動で描かれていて。………そんな風景のただ中に、

 「…このオレンジ色は何です?」

 池の周辺を取り巻く柵の向こう、店屋のウィンドウだろう緑がかった青の前へ、ポツンと置かれた鮮やかな色彩があり。七郎次が細い指先でそれを差す。夏に描いたのなら、今時分にあちこちで色づきの始まりつつある柑橘の実でもなかろうし。そうかといって、高さが手前の柵より微妙に高いめなので、誰かの衣服とも思えない。聖堂前から見えるこの方角といや、確か大きめの骨董家具店があったはず。登下校のおりにもその前を通る格好になる彼女らで。こうまで鮮やかな何か、一番の手前なんてところへ置いてたことがあったかなぁと、シックな趣味のお店なのを思い出しつつ、小首を傾げた白百合さんだったのへ、

 「ああ、それは誰かの頭です。」
 「…頭?」

 あっさりと応じた平八が、自分の髪へとさらり触れてから、私の赤毛より目立つオレンジだったんで、あらまあとと告げ。

 「それこそ印象的だったんで、
  仕上げの最後にとんと、原色のオレンジを載せて、
  それで完成の終わりとしたから覚えてますよ。」

 その折を思い出したか ふふとあらためて笑ったほどに楽しい驚きであったらしく。手持ちのポーチからお財布を取り出すと、

 「確か、帰りに松屋さんに寄って、
  絵の具を買い足した日だったから…あ、あったあった。」

 レシートがまだ取ってあったと広げて見せて。9月の14日だ、そうそう殆ど仕上げてたのを最終確認したんだったと納得し、

 「この色の頭だったら、結構な目立ちようだったでしょうねぇ。」
 「ええ、バンドでもやってる人じゃないですかね。」

 なぞと。意味の分からぬ悪戯に眉を寄せていたのも忘れて、ほのぼのとした話題(?)に沸きかかったそこへ、

 「あの、何かあったというのはこちらでしょうか。」

 重々しいドアを開きつつのノックを載せて、不意にそんなお声が掛けられて。少女らが途端に えっと随分な反応でびっくりしたのは、聞き覚えがなかった、しかも男性の声だったから。男性教師や職員が一人もいないわけじゃないけれど、随分と若い男性のお声だったし、見やった先においでだったのがまた、濃色の制服を着た、

 「…お巡りさん?」

 派出所勤務の警邏担当という、標準的な制服姿の。20代後半くらいだろうかという年頃の警察官の人が、それにしてはあんまり威容も発揮せず、この学校の新米のシスターでももっと堂々としているぞと言いたくなるよな遠慮気味な態度にて。お邪魔してますと言いたいらしい会釈を見せた。確かに、一大事が起きはしたけれど…うあと大焦りのまんまでここへ駆け込んだ彼女らは、誰も警察への連絡なぞしちゃあいなかったし。それに、いくら警察関係のお人でもシスターの案内や付き添いもなくウロウロしていいはずが…。

 “あ・そっか、今日は学園祭だから。”

 他にだって、父兄に限られてはいるが男性のお客人も多数ご来場してはいる。だがだが、ここは来賓室で、それでなくともこっちは所謂バックヤード、楽屋裏に当たる区画なので、部外者は入れないような案内が張ってあったはずなのにと、不審な奴めと言いたげに、その目元を眇めた白百合さんだったのへ、

 「いえ、あの。この学園の周辺で不審者を見かけたという通報がありまして。」

 それでと伺いまして、受付でシスター・ガルシアから案内をされ、そこまでをご一緒して来たのですが、と。年少な女の子たち、しかも何だか妙に古風なおめかしをした美少女を3人も相手に萎縮でもしているものか、大仰なくらい丁重な口調での説明をしたその末に、

 「そういえば、何だか慌ててこの部屋へ駆け込んだ子がいましたがと、
  教えてくださったところで、他のシスターから呼ばれてしまわれて。」

 「そうでしたか。」

 シスター・ガルシアは確かに今日の受付においでだったし、ああそうそうと、慌てて見せてくださったのが、警察章のメダルがはまった黒革の手帳。のっぺりした手帳の表紙だけを見せるだけでは身分の提示には当たらぬと、正式な手順でそれを見せてくださったので、これでも警察関係者に恋人が(げふんごふん)居る身の七郎次もやっとこ納得。唐突だったことと、微妙な間が挟まったせいか、少々逼迫感が緩んでしまい。しかもしかも、何とはなく…失礼ながらも“頼りになるのかなぁこの人”という、感触がしたものだから。それを刷り合わすように、ついついお顔を見合わせた彼女らではあったが。お巡りさんが“通報があった”と仰せの不審者というのも気になったので、

 「実は……。」

 飾ってあった絵画へ珍妙な悪戯をされていた話を掻い摘まんで話したところ、そのお巡りさんもまた、段々と首を傾げてしまったほどで。

 「絵の具を引っ掛けたように見えるラップ…ですか。そりゃあ妙ですね。」

 確かに、と、単なる悪戯で片づけるには妙な不審さへは、同じほどの同意をいただけたようであり。

 「もっと簡単に、本当に絵の具やペンキを掛けるとか、
  いっそナイフで裂いてしまうとか。
  嫌がらせならばそうした方が、一瞬で済む分 手軽でもありましょうに。」
 「ですよね。」

 さすがにそこまで具体例を挙げにくかった七郎次に代わり、大胆で手ひどい例を挙げて下さったお巡りさんは、

 「撤収してほしかったというなら、
  いっそ自分で持ち去るという手もあったはずですよね。」
 「…っ。」

 そんな意外な方向性も持ち出して下さり。それを訊いた七郎次が、あっと白いお顔の表情を弾かれる。

 「そうよ、そうだ。飾っててほしくないんなら持ってくのが早いでしょうに。」
 「でも、そんなことしたら窃盗ですよ?
  追っ手もかかって犯罪に発展しちゃいます。」
 「……。(頷)」

 そんなひなげしさんと紅バラさんからの“?”へは、

 「お言葉ですが、
  汚したりそれに準ずる格好で手を掛けるだけでも、
  訴えさえあれば“器物破損”にあたりますが。」

 お巡りさんからの助言が挟まり、

 「そうよ。犯人の目的は、ヘイさんとか学校関係者に外してほしかった。
  そしてそして、こうやって
  何が目的なんだろかって考えてほしかったのかもしれない。」

 絵が目的、いやさ、絵を使って何か訴えたかったのかもしれないと。天啓じみた閃きに興奮したか、そうよそうなんだってと繰り返す七郎次であり。その傍らでは、

 「それって、ダイイングメッセージってやつでしょか?」
 「〜〜〜〜。(…違うと思う)」

 ヘイさん、勝手に殺さない。
(苦笑) いささか突飛だし、やはり遠回しではあるけれど、言われてみれば それもまた大いにあり得る答えかも。年頃の少女らを預かる学校なだけに、気味が悪いからと届けられての警察沙汰になる可能性は高く。また、外聞があるからと隠蔽されたとしても、彼女らのように事情を知ってしまったクチは、気になるからと追跡なり思考なりを始めかねない。警察ならば指紋を調べたり、絵の描かれた時期の話を周辺で訊き込みしたりと探査を始めてくれるだろから、それから掘り返される何かを期待したいのならば……。

 「なんか、東野◇吾か高村○の推理小説みたいですね。」
 「過去の巨悪を暴く輻輳殺人ってですか?」

 だから、誰も死んでないってば。
(う〜ん) 想像をしだせばキリがなく、とはいえ不審な人為的行為なのは間違いなくて。

 「もしかして通報があった不審者のやったことならば、
  器物破損は難しくとも、不法侵入が問えるかも知れません。」

 薄気味の悪い悪戯だけに、誰が何でという点をはっきりしてほしいのが彼女らの望み。なので、該当者をきっちりと捕まえてもらえるなら越したことはなく。

 「えっと…。」

 自分の制服のあちこちをパタパタと叩いてから、次には周囲を見回したお巡りさんだったので、ああと気づいた七郎次が、部屋の隅に置かれたままになっていた段ボール箱へと歩み寄り、

 「これでよろしければ、挟んでお持ち下さいな。
  新品ですから問題はないと思いますよ。」

 はいと差し出したのは、つやのあるしっかりした紙をふんだんに使った、学園祭の目録だ。来賓へと配ったその残りが置いてあり、それを紙挟みにすれば、問題のラップを指紋や何やをこれ以上はつけることなく持って帰れもするだろからと。なかなかの機転を利かせた白百合様だったのへ、おおと巡査さんまでもが感動の表情になってから。白い手套をはいた手でそれらを受け取ると、そおと間へラップを挟み込み、そのまま“確かに”とパタンと閉じて見せ。

 「後日、あなたがたの指紋を参考にと採取しに係官が来るやもしれません。」

 ですが、動かしようがない誰ぞかの指紋が出れば、そんな必要もなくなりますがと付け足してから。ではと、深々としたお辞儀をし、帽子のつばを直しつつ機敏な立ち居で颯爽と扉へ向かったその間合いと、

 「………え?」

 優雅な色合いだが、風格もあっての重々しい、そんな扉が外から開いたのへと。巡査は勿論のこと、三人娘らもギョッとする。何しろここは、本来ならば無許可で使っては行けない特別なお部屋だからで。お弁当箱を手に、こんなところに居合わせたことが露見したらば、どんな言い訳も訊いてはもらえないに違いない。ましてや…夏の初めからこっち、生徒らへは伏せてあるものの、微妙に騒ぎばかり起こしている顔触れでもあるしで。うわぁ、お巡りさんが同座していても却って驚かれるだけかもなと、首をすくめた彼女らへ降りかかったお声はといえば、

 「七郎次、このような部屋で隠れんぼでもしておるのか?」
 「…………はい?」
 「しかも、そんな恰好で。」

 直に聞くのは何日振りか。白が基調の大貴賓室の扉や壁へいや映える、深色の蓬髪を長々と。頼もしい肩から広くて頑健そうな背中へまでへと垂らした偉丈夫が、仄かに怪訝そうな響きをまとわしながら、それでも深みのあるいいお声で名前を呼んで下さったので。

 「〜〜〜〜〜っ。///////////」

 勘兵衛様と名を呼ぶことさえ出来ぬまま、白い手で覆ったそれでは収まり切れないほど、白い頬やらお耳やら、真っ赤っ赤にしてしまった、即席メイドさんだったりしたのであった。







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  *何だか大入り満員状態になって来ましたな。
   勘兵衛様、どうせなら明日来てほしかったのにと、
   せっかく来たのに苦情を言われそうです。
(苦笑)


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